三匹のこぶた (1) 

2007/10/22   綾乃さま

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★(1)★
――A.D.2202年、イカルス天文台
「きゃぁ〜っ」
とたたたたたっ、と食堂で遅い昼飯を摂っていた真田志朗の脇を、小さくて金色のものが走り抜けた。
「まて〜っ。今度こそは許さないぞ〜っ」「ひゃぁぁ〜」きゃらきゃらと笑いながら。
後ろから駆けてくるのは、柄こそデカいが、顔はガキそのものになってその小さい子を追いかけている加藤四郎とその一党である。
「鬼さん、こちらっ♪」
「どこにいった〜、見つけたら、♪おしおきだぞ〜」
なんか番組が違う気もするが、真剣なふりをして追いつかないように追いかけるのもけっこう疲れるのは真田も経験上わかっている。
 「おい、加藤、ご苦労様だが、あまり食堂で埃を立てるなよ」
「あっ。教官――もう、澪ちゃん、すばしこくって……」
「しろ兄ちゃん、こっちよ〜」ひょこ、とイスの間から顔を出し、べろべろばーをする。
「ちっくしょ。おい、(こう)、あっちだ。仁志(ひとし)、右から回れ。捕獲っ」
手加減しているようにはとても見えない真田であった。

 加藤四郎たち戦闘機隊候補生含め特別訓練生5名に澪の秘密を話し、育児の手伝い――  というよりも手の空いている時に遊んでもらうだけだが――を頼むようになって数週間になる。
 真田が驚いたことに、まだ若い少年たちは案外に子ども好きで、しかも加藤四郎にいたっては「子育て慣れてますから」と言い切ってくれた。
「――お前、その年で、子ども育てたことあんのか」というと、
「いや、うち兄弟多いでしょ? おまけに兄たちは出っぱなしの家だし。義姉(ねぇ)さんたち手伝ってるうちに…」と言う。
山口仁志もそうだ。「いや、年の離れた弟がいるんで」という様は、ちょっと島大介を思わせる。
溝田幸は、嫌がらずに相手をしていたが、どちらかというと遊んでやるより遊ばれてしまっており、いつも澪の手加減のない足蹴りの犠牲になっていた。
 「も〜っ。君はイスカンダルのお姫様なんだろ? もうちょっとおしとやかになりなさい」
 ばふっと乗りかかられてしまった腹をさすりながら、お馬さんをさせられている溝田は情けない声でそう背上の姫に言った。
「馬がしゃべっちゃいけないのよ〜。(こう)兄ちゃん、はいしー」
まったくもう。どう育てたらこんな乱暴な()になるのだろう? はぁとため息をついて、それでも温かくて柔らかい存在を嫌がっているわけではない。
 「澪は行動的だなぁ」
それを眺めながらレゴのブロックを片付けていた四郎が笑って言う。
「行動的ってもう少し大人しい娘のこと言うんじゃねーの――」四つんばいを続けながら、溝田がぼやいた。
「ぼやくなぼやくな――もうちょっとお年頃になったら俺たちなんか相手にしてもらえないからさ。せいぜい今のうちにお相手つかまつれ」と笑う。
 馬上の澪は、四郎にははじけるような笑顔を見せた。
(ちぇ…なんだかんだいっても、しろ兄ちゃんは"お気に入り"だもんな)
と思う溝田である。
★(2)★
訓練生たちがヤマトの中に寝泊りするようになって久しい。ただし此処がヤマトと知らされている者は少なく、 彼らが出入りする訓練室や講義の行なわれる部屋、格納庫や機関部などは単に"Gエリア"と呼ばれている。
それぞれはいくつもの隔壁で隔てられ、上部区間には特定のパスがないと入れない仕組みだ。
もちろん通信は完全に管制下に置かれており、外部との自由な交信はできない。
そんな中で、澪は少しずつ生活エリアを広げてもらいながら、ヤマトの奥深く、元気に育てられていた。

 最近、加藤四郎は、作業時間を終え、夕食を後の自主学習時間も終わり近くになると、  するりと学習室や部屋から消えることが多くなっていた。
「おい……四郎。お前、どこ行ってんだよ?」
「あやし〜っすよね、加藤くん。まさか…」
「こ〜んなところに女でもないだろうしな」
「――ひょひょ。上級生なぎ倒しの年上キラーっていってもね、さすがにここの賄いの小母さんや奥さまたちに遊んでもらってるわけ…」
「ないだろっ、そんなのっ!」
もうまったく。という四郎である(だが、ほとんどは自業自得である)。
――イカルスには女性もいたが、ほとんどが派遣技官や生活全般を賄う事務官・管理者たちの妻であり 、子どもや一般の若い女性は一切居なかった。
居住区は切り離されており、小さい場所だからシームレスにつながってはいたが、訓練生たちはその両区間を 行き来しながら毎日を過ごしてきた。
ところが、最近、Gエリアに引っ越してからはもうほとんどその中での教練、授業、整備。
そして激しさを増した訓練に明け暮れている。
 「で。また行くの?」
「あぁ……先、休んでろよ? 明日お前、日直だろ?」
同室の溝田や高居にそう言い置くと、そそくさと出かけていく。
それがまた楽しそうなので、噂は噂を呼ぶというわけだ。
「どうなってんすかね」「隊長? ……う〜ん…。なんかあんのかな」「男?」「まっさか」
……言いたい放題の仲間たちである。
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その頃四郎は。
 上へ向かうエレベータに一人乗り込むと、勝手知ったるルートを使って第一艦橋まわりへやってきた。
 側面展望室とその裏の資材庫が澪の居住エリアになっていた。また、工作室周りの、壁で仕切られた一角は澪のために改造した場所だ。
その一室に自由に出入りを許されている四郎は、コンコン、とある部屋をノックした。
「澪ちゃん? いるかい?」
 部屋で山崎さんの奥さんに手伝ってもらって着替えをしていた澪は、「あ、しろ兄ちゃん」と嬉しそうに顔を上げた。
「まぁま。ご苦労様ですね。……もうお着替え終わりましたからね。あとはあったかくして寝るだけ。
――よかったわねぇ、澪ちゃん。四郎お兄さんが来てくれて」
「うんっ。しろ兄ちゃん、ご本読んでくれるの」
四郎は絶対にふだんは見せない蕩けるような笑顔であぁ、と頷いた。
「何がいいかな……今日はね、新しいお話をしてあげようね」
「え? 新しいお話?」「ほぉら」
背中に回していた手から小さな絵本を取り出した。……貴重なものだが、この間、地球からの便のリストを出した時に、 真田台長と相談していくつかの新しいものを入れておいたのだ。
 そんな様子を微笑ましく見守りながら、彼女はそっと席を外す。
これもまた、ここのところの日課であった。

 ベッドに入り、ぬくぬくと温まった処で、四郎は椅子を引き出し、その横に座る。真田さんがちらりと顔を出してくれた。
「おう、加藤――お疲れさんだな」
「あ、教官。今日は、新作をご披露しようかと思って」
「ほぉ、よかったな、澪――すまんね、私が付き合えなくて」
真田はエンジンの第二改装段階に入った処だった。 ここ数日のテスト結果で、第二フェーズを修了し、第三フェーズにかかれるかどうかが決まるのだ。
……勝負どころで、授業の方も真田の担当分は、ここ2日ほど自習とテストである。
「大丈夫ですよ……俺、これ得意ですから」
「澪、お休み――」ちゅ、と頬にキスをして、真田は言う。
「お義父さま、おやすみなさい」
「あぁ…お休み」
「お仕事がんばってね」……こんな小さい子なのに、澪は聡い子どもだった。
真田が大変な時はわかるようで……自分と過ごす時間が減ることもあったが、それ以上に察して、相手を思いやるのだった。
 「ねぇ、しろ兄ちゃん、なぁに?」
「さて、なぁにかな?」
わくわく、というのを表に出すような顔をしてせがむ澪は、なんともいえずかわいい。
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 「昔昔。あるところに…」ゆったりとした声で四郎は語り始めた。

澪はこの「むかしむかし、あるところに…」という言葉が大好きだ。
そう聞いた途端、頭にいろいろな不思議が浮かぶ。
目を閉じると、いろいろな景色が浮かぶ。
時には森の中だったり、林だったり。田舎の田園風景や、まだ見たことのないイスカンダルの美しい風景だったり。
海の中やまだ見たことのない地球の昔の、落ち着いた村。騎士やお姫様が活躍する中世。
動物たちが話をして、いろいろな人たちが楽しく暮らしていた遥か昔の時代。……想像の翼はどこまでも広がっていった。

 「あるところに、一人の、年取ったぶたさんが暮らしていました。」
え? ぶたさん?「――ぶたさんには3人の息子がいたのです」
口は挟まない方がいい。しろ兄ちゃんはお話がとても上手で――いろんな人がお話ししてくれるけど、 しろ兄ちゃんほど上手い人はいない。
ナニーはもっとかちっとしてるし、お義父さまも上手だけど、やっぱりちょっと違う。
しろ兄ちゃんのお話は、いつも、とってもドキドキしたり、冒険したような気分になれる。
だけど、途中で御話を遮ったりしちゃいけないの。黙って聞いてれば謎もわかるんだから。
ピンク色のほっぺまで上掛けを引き上げると、澪はそこから目を出して、しろ兄ちゃんが熱心に見ているご本を眺めた。
ほら、と見せてくれる。そこには、森の中の1軒家が描かれ、そこに、大人のぶたと、子どものぶたが描かれていた。
 ほぉら。わかったかい? それじゃ続き読むよ。
「年取ったぶたのお母さんには、3人のこぶたがいました。名前をあーちゃん、いーちゃん、うーちゃん、と言いました」(※ここらへんは四郎の脚色・笑)
「お名前? なんかへんなの」
「へんかい?」にこっと笑って四郎は先を読む。
「ある日お母さんぶたは言いました。
『息子たちや、もう大人になったのだから、家を出て、独立しなさい。 それぞれが自分の暮らしを立てて、幸せを見つけるんだよ』 と言いました」
あぁら、たいへんだ。お家を出て行かなければならないの? かわいそう、ぶたさん。

四郎は物まねも声真似も上手い。
別に本人は意識してやってるわけではないのだが、そう言った声に自然になるし、動作もついてしまうのだ。
「――『ほぉらぁ、狼が来たぞ〜。……出てこないと食っちまうぞ〜。狼だぞ〜』
「きゃぁ〜っ」と澪は大喜びで、声をあげて上掛けを目のところまで引き上げる。
『きゃぁっ……狼だぁ、早くお家に入って、逃げなくちゃっ』
              ・・・
 二番目のいー兄さんぶたは悲鳴を上げて自分の家に駆け込みました。ところが。
『狼が来たぞ〜』
ぷぅーっ、ぷぅーっ!
何度か吹き付けるのですが、簡単に家は飛びません。
『まぁいい。今日はお腹もいっぱいだ…また、明日来てやろう』
 狼は去っていきましたが、二番目のいー兄さんはほっと息をつきながらも生きた心地がしませんでした。…」


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