バレンタインキッス 

2011/2/13  みーこさま

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「きゃあ!見ちゃダメっ、入らないでっ!!」
「わぁーーーーーっっっ!!」

いきなり目の前で叫ばれた上に、ドアをバタン! と閉められた加藤四郎は自分に何が起こったのかと、目を白黒させた。

「どうしたんですか? 隊長。プリンセスに嫌われましたか?」
「着替えでも覗いちゃったんじゃないですかぁ?」
隊長の呆気に取られた間抜け面を偶然通りかかって見た部下たちが、冗談めかしてからかう。
「るっさいっ! んなワケないだろっ!!」

隊長のあまりの剣幕に、二人は苦笑いしながらその場を走り去った。
(着替えを覗くも覗かないも、サーシャは俺と風呂に入るのが大好きなんだぞ!)

そうである、イスカンダル人は1年で地球人の17歳に成長するわけだが、生後数ヶ月のサーシャは地球人で言えばまだ7歳くらい。まだまだおこちゃまなのである。
その上、実の父の古代守は参謀職で常に地球。育ての親の真田志郎は一緒にここにいるにはいるが、科学局長として多忙の身、そうそういつも自分のことを構ってはくれない。 二人の父の強い愛情は感じているものの、どことなくいつも淋しい思いをしているサーシャのそんな気持ちを埋めてくれるのが加藤四郎であった。

ゆえにサーシャは四郎が大好きだ。

四郎が訓練中や艦載機を磨いている時以外は、勉強中も自分の机を寄せて絵本を読むし、食事も四郎の隣が彼女の指定席。
いつからかお風呂まで一緒に入るようになり、寝る時も真田が忙しい時などは四郎のベッドに潜り込む始末なのだ。
これまで小さな女の子と接した事のなかった四郎は最初のうちこそ戸惑ったが、なんの翳りも無い澄んだ大きな瞳で人懐こく見つめられるうちに、すっかりサーシャが可愛くなってしまったのだった。

(なのにどうしてココに入れないんだ?! 入れてくれよーーー、サーシャ!
俺、メンテしてたから昼メシまだなんだぞ〜〜〜〜〜っ。)
空腹のおなかを撫でながら四郎が見つめるドアの向こうは、そう、食堂だったのだ。
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「サーシャちゃん、加藤さんちょっと可哀そうなんじゃないかしら?きっと、びっくりしているわよ。」
四郎に負けず劣らずサーシャの剣幕に驚いたヤマト機関長の山崎の妻である夫人が、目を吊り上げて何かに挑んでいるサーシャに声を掛けた。
「う ・・・ ん・・・、でも・・・。」
「それに、お昼ご飯もまだ食べていらっしゃらないわよ、加藤さん。」
「え?」
お昼ごはんを食べていない、という言葉にサーシャは少し驚いたように顔をあげた。
「ちょっとだけ、入れてあげれば?」
「・・・・ うーーーん ・・・・ ダメ、やっぱりダメ。見られちゃったら困るもの。」
ご飯を食べていないなんて可哀そう・・・と思うサーシャだったが、ここは自分の気持ちを変えるわけにはいかない。
「それに、この前地球の太田さんからたくさん食べ物の入った荷物が届いていたわ。
四郎にーちゃんのお部屋にあるのよ。」
「え? ま、まあそうなの。」

確かに地球の太田健二郎から四郎宛に荷物が届いていた事は、山崎夫人も知っている。
自分の意思を曲げないところといい、そういう目ざといところといい、さすが?あのスターシアと古代守の娘だと、山崎夫人はつくづく思うのであった。
そしてその頃、確かに四郎は自室で太田から送られてきた、今地球で人気だと言われるカップめんをすすっていた。
(さすが太田さん、味には間違いないな。)
と、感心しながら。


「さ、サーシャちゃん、そのくらいでいいわよ。上手にツヤが出たわね、綺麗よ。」
「うん。」
綺麗だと褒められたサーシャは嬉しそうに山崎夫人を見上げると、その視線をボールに移した。
その中には湯銭された、溶けてつややかなチョコレートが。
そう、今食堂はサーシャのチョコレート工場と化していたのだ。
もちろん、四郎には内緒で。
「じゃあ、やわらかいうちに型にいれましょうか。」
「はい。」
「サーシャちゃんは、どの形がいいかしら?お星様?それとも・・・・」
「これがいい。」
サーシャが指差したのはハートの形のものだった。
「そうね、バレンタインですものね。
サーシャちゃんは本当に加藤さんが好きなのね。」
「うん、四郎にーちゃん大好きよ。」
ほんのり頬を染めて嬉しそうにサーシャが頷く。

もちろん、それは男性を意識したものではないが、こんな様子を古代参謀と真田局長が見たらきっと心中穏やかではいられないはずだと、山崎夫人は思う。
今でこそ、サーシャと四郎は年の離れた兄妹という雰囲気だが、1年後はどうなっているかわからないのだから。

「そうそう、ゆっくりね。」
山崎夫人の言うとおり、サーシャがゆっくりこぼさないように型の中にチョコレートを流し込んでいく。
「うふふふ、見て、全然こぼさなかったわ。」
「本当ね上手ね、サーシャちゃんは。お父様とお養父さまの分はどうするの?」
「えっ・・・・とね、お星様にする。」
小さな手で星型を取り上げ、自分に見せる姿に古代参謀と真田局長は同じで、四郎だけは違うというところに、同じ好きでも意味が違うだわ、やっぱり女の子はおませさんね、と山崎夫人は思うのだった。
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「あーあ、地球にいたら例え義理チョコでも貰えたかも知れないなあ・・・・・。」
「そっか、今日はバレンタインだったよな。」
「ふふん、地球から彼女が送ってくれたぜ。お前らも早く作れよ、彼女。」
「なーにーーーっ!俺だってチョコの一つや二つ・・・。」
「貰ったのか?」
「・・・・ ってない ・・・・。」

若い隊員のそんなやり取りに、レクレーションルームが笑いに包まれる。

「あ、山崎さん。」
部屋の片隅で隊員たちの会話を楽しそうな表情をして見ていた真田が、部屋に入ってきた山崎に気付いて声を掛けた。
「真田さん、いいですね。若いヤツラのこういう会話は。なんだかほっとします。」
「そうですね。俺がこのくらいの頃は、もうガミラスの攻撃が始まってましたから、バレンタインどころじゃなかったですよ。」
平和は良いものだ・・・・と二人がしみじみしかけた時、
「山崎さんは奥さんにもらったんですか?」
という声がどこからか飛んできた。
「えっ? わ、私ですか?」
思わぬ質問に一瞬しどろもどろする山崎。
「そうでぇす!」
「い、いや、私たちはもう・・・その・・・。」
言葉に詰まる山崎を隣で真田が気の毒そうな、しかしそれでいて楽しげに口角を上げて見ている。
「さ、真田さん、笑ってないで何とか言って下さいよ・・・。」
と、山崎が助けを求める。

と、そこへ紙袋を持った山崎夫人とサーシャがやって来た。
「お、サーシャちゃん、お昼はどうしたの?隊長食堂に入れなかったって、部屋でカップ麺すすってたよ。」
そう言った隊員の横でいた四郎が、うるさいというような素振りを見せる。
「うふふふ・・・、だってこれを作っていたの。」
と言って、サーシャは紙袋の中からラッピングされたチョコを取り出して、みんなに配り始めた。

「おぉーーーーっ!! サーシャちゃん、さすがだねえ!」

今までと雰囲気が一転して、部屋全体がパッと華やいだ。
「サーシャちゃんが頑張ってみんなのために作ったんだから、ちゃんと味わって食べてくださいね。」
山崎夫人はそう言いながら、サーシャの手伝いをする。
「あ、お養父さまはこれよ。地球のお父様にはこれを送っておいてね。」
「ありがとう、サーシャ。守には明日の定期便で送っておくからね。」
いつも笑顔を絶やさないサーシャが、真田には可愛くもあり不憫にも感じる。
このくらいの子供なら本来は両親のもとで暮らすのが当たり前だからだ。いろんな事情があるとはいえ、サーシャはまだ甘えたい盛りの年頃なのだから。

「もうっ! ダメ!! 四郎にーちゃんたらっ!!」
「いてっ!!」
紙袋に手を入れようとした四郎はサーシャに手をひっぱたかれた。
「隊長、一体何やってんすか?」
四郎とサーシャのやり取りにドッと部屋が笑いに包まれる。
「四郎にーちゃんのはここにはないの!!」
「へっ?!」
「サーシャちゃん。」
勝手に紙袋に手を入れた四郎に、少しムッとしたサーシャ。
そんな彼女の一言に多少なりともショックを隠せない四郎。
強気になるサーシャを見ていて山崎夫人はちょっとハラハラ、真田は(さすがは俺の育てた娘だ。)と心の中で胸を張っていた。
(一体、どうしたんだよ?サーシャのヤツ。)
小さな女の子のすることだ、と自分に言い聞かせるものの四郎は何だかとっても腑に落ちない。
笑顔でみんなにチョコを配るサーシャを四郎は複雑な表情で見ていた。
「サーシャ、四郎の分は本当にないのか?」
全員に配り終えたのを見て、いつもサーシャの面倒を四郎に看て貰っている真田は少々気になって聞いてみた。
「うふふふ…。」
サーシャは真田の方を見て、肩をすくめて微笑んで見せるとパタパタと部屋を出て行った。

(な、なんだ?あの微笑みは?サーシャは地球人年齢だとまだ7歳のはずだぞ・・・・)
血の繋がりは無いとはいえ、赤ん坊の頃から大切に育てた事には違いない。それだけに娘の何気ない一言、何気ない行動が気になって仕方が無い真田なのだ。

「隊長、まあそんなにしょげないで下さいよ。」
「誰がしょげてんだ?」
自分では平静を装ってるつもりでも、傍から見れば四郎の複雑な胸中は丸見えのようだ。
「よーーーく、思い出して下さい。サーシャちゃんに何かしませんでした?」
「するわきゃないだろっ。」
仲間の一言一言がカンに触る。
「例えば、彼女の大好物をこっそり食べたとか。」
「・・・・・・ アホか、お前は。」
7歳の子の大好物をこっそり食べるなんて、この俺でなくても大の大人がするワケないだろ、もっとマシな例えをしろよ、と言わんばかりに四郎は溜息をついた。

「あれ、サーシャちゃん、戻って来ましたよ。」
「・・・・ ん。」
仲間の言葉にドアのほうを見ると、サーシャがニコニコしながらこっちへやって来た。

「四郎にーちゃん、はいこれ。」
「え?」
四郎の前に差し出された赤いリボンのかかったピンク色の箱。
一瞬、四郎にはそれが何なのか理解できなかった。

「おぉーーーっ、隊長!!」

さっきまでの四郎への慰めの視線が、一気に羨望の視線と言葉に変わる。
「もう、四郎にーちゃんったら貰ってくれないの?」
サーシャがちょっと心配そうに小首を傾げる。
そんな仕草がなんとも愛らしい。
<ここにはないの>の意味はこういうことだったんだな、とようやくサーシャの言葉の意味が飲み込めた四郎だった。

「ありがとう、サーシャ。もちろん貰うよ。」
にっこりと笑顔で手を伸ばす四郎に、
「わぁい! 四郎にーちゃん、だぁい好き!!」
と、思い切り抱きつくサーシャ。
「おいおい、サーシャ。」
ちょっと困った顔をしながらも、四郎の心のモヤモヤは一気に吹き飛んでいた。
「大好きよ、四郎にーちゃん。」
サーシャはもう一度そういうと、四郎のほっぺにチュっとキスをした。

多くの者が元サヤだとほっとしていたが、約一名、そんな二人を非常に複雑な心境で見ていた者がいた。

『おいおい・・・・ 見てみろ、局長の顔 ・・・・。』
『間違ってもサーシャに惚れちゃいかん。実の父は古代参謀、育ての親は局長・・・もっと言えば、叔父は・・・・うわ〜〜〜〜〜っっっっ!!』

とにもかくにも、来年のバレンタインはどうなるのやら。
(fin)


わーい♪ サーシャちゃんと四郎のラブラブ話。
瑞喜の大好物です!
  題名『ヴァレンタインキッス』はみーこ様曰く「昭和のkaoriがする…」
  いいんです。 王道です(きっぱり)。
  この辺の詳細は、ブログにてご確認いただければ…

  みーこ様、ありがとうございました。 from瑞喜

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